中級から学ぶ(Bài 20)

中級から学ぶ(Bài 20)


「しらせる」

通信技術の進歩に伴(ともな)って、マスメディアは目覚しい発展を遂(と)げてきた。中でもテレビは新聞に取って代わり、今やマスコミの王様(おうさま)である。そのテレビの普及(ふきゅう)と技術的発達(はったつ)は、私たちの日常生活に大きな影響を与えている。だれもがいながらにして世界のあちらこちらの出来事を同時に、あるいはほとんど間をおかずに目にし、耳にできる時代となっているのである。歴史(れきし)のーページを飾るような劇的(げきてき)な瞬間を目の当たりにし、あたかも自分自身がその場にいるかのように感じられるのだ。目の前に映し出される人々と一緒になって喜び、怒(いか)り、悲(かな)しみ、胸(むね)を熱(あつ)くすることができるのはテレビ映像(えいぞう)のおかげであろう。刻々と知らされるニュースだけでなく、音楽やスポーツやクイズ番組、見知らぬ土地の紹介などは私たちに多く話題を与えてくれる。同じ番組を見て、同じように笑い、同じように驚いたり感動したりしたのだということが分かると、それまで互いに無関心だった人同士が親しく話し始めることさえある。テレビを通して共通(きょうつう)の体験を持ったということなのかもしれない。

もっとも、このテレビの存在(そんざい)には、ひとつ間違うととんでもないことになりかねないという怖さもある。以前に、報道番組で暴力(ぼうりょく)事件(じけん)をあらかじめ計画(けいかく)しておき、それをニュースとして流すという事件が起こった。また、人の手を加(くわ)えた写真が報道写真として使われたこともあった。やろうとすれば、こんなことも可能(かのう)なのである。もちろん報道に携(たずさ)わる者がそんなことをしてよいはずがない。しかし面白いことに、そういった事件に対する人々の反応は意外に冷静なものだった。ある部分を切り取って見せるテレビの画面や写真は事実そのままではなく、どうしても与える側の作品となってしまうということが、報道側だけでなく、与えられる側にも分かっていたのである。

とはいえ、テレビの使命(しめい)は今後も報道、娯楽(ごらく)、学習などの世界を通して、ますます重要になるであろう。このテレビというマスメディアを生かせるかどうかという点(てん)では、受け手の側の果たす役割もまた重要である。すなわち「与えられる」立場(たちば)から「求め」立場に変わっていかなければならない。これからテレビはますます多様化(たようか)していくと思われるだけに、その内容が適切(てきせつ)なものになるように受け手の側も見守っていく責任(せきにん)があるということである。



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