中級から学ぶ(Bài 23)

中級から学ぶ(Bài 23)

「うたう」

シャボン玉飛んだ    屋根(やね)まで飛んだ
        屋根まで飛ん    壊れて消えた
 風々(かぜがぜ)吹(ふ)くな     シャボン玉飛(と)ばそ

野口雨情(のぐちうじょう)は、はしゃぎながらシャボン玉を飛ばす子供たちの姿を見て、この詩を書いたそうです。今はあまり歌われなくなったようですが、速いテンポで、明るく軽快(けいかい)な曲(きょく)が付けられ、かつてはだれもが口ずさむ童謡(どうよう)でした。しかし、雨情の目に決まっていたのは、本当に笑顔あふれる子供たちや七色に輝(かがや)きながら青空を舞(ま)うシャボン玉だったのでしょうか。どんな事情があったのか、生まれ故郷(こきょう)を後(あと)にしなければならなかった作者雨情は、ふるさとを愛し、その自然を優しく見つめた人でした。また、弱い立場のものおに暖かいまなざしを注ぐ詩人だったとも伝えられています。そんな雨情が作った「シャボン玉」の歌詞(かし)には、その表面からはおよそ考え付かないような作者の心の奥(おく)からの叫(さけ)びが隠(かく)されているように、私には聞こえるのです。

我(わ)が子(こ)どころか、自(みずか)らの明日(あす)の生活にさえ不安を感じていた親たちが、やむを得ず生まれてすぐのか弱い命を間引かなければならなかった時代。貧困(ひんこん)という風に吹き散(ち)らされ、次々に消えていく命短いシャボン玉に託(たく)して、雨情は幼い命への鎮魂歌(ちんこんか)を作ったのではないでしょうか。

シャボン玉飛んだ    屋根まで飛んだ
        屋根まで飛ん    壊れて消えた
 風々(かぜがぜ)吹くな     シャボン玉飛(と)ばそ
人知れず幼い命を間引かなければならなかった貧(まず)しい農民たちに代わって、雨情が許しを請(こ)い、涙(なみだ)を流しています。「風よ、吹くな」と、両手を合わせて祈(いの)っています。その悲痛(ひつう)な折りは、徐々(じょじょ)に怒りに変わります。いくら貧しくても、同じ人間である以上、人間として最低(さいてい)の生活があっていいはずだ。心の底(そこ)からの震(ふる)えるほどのこの怒りを、だれにぶつければいいんか。無邪気(むじゃき)にシャボン玉をふくらます子供たちを目の前にして、雨情は、自分も一緒にシャボン玉を飛ばそうと思い付きました。「シャボン玉よ飛べ」「風よ吹くな」と祈りながら。幼い命の一つ一つが、広き大きな青空に向かって、虹のように光り輝き、どこまでもどこまでも飛んでくれることを、心から願いながら。
「間引く」は、学習研究社「国語大辞書」では、○1作物をより良く実らせるために、不要な一部を抜き取って間を空けること、○2農村(のうそん)などで、育てられない生まれてすぐの子を殺(ころ)すこと、と定義(ていぎ)されているます。社会が豊かになるのに応(おう)じて、今はもう「間引き」という言葉など死語になってしまったようです。しかし、飛ばずに消えるシャボン玉や、屋根までしか飛べなかったシャボン玉の数は昔と同じくらい、あるいは、それ以上ではないのでしょうか。ゆとりのある生活をするために、子供はたくさん要らない、「育てられない」と言って、許しも請わず、涙も流さず、「生まれてすぐの」幼い命を簡単に間引き親たちが、今も大勢(おおぜい)いるのです。勉強についていけないから、団体生活ができないからと言って、「不要な一部」として間引きかれてしまう子供たちも少なくありません。

シャボン玉飛んだ    屋根まで飛んだ
        屋根まで飛ん    壊れて消えた
        風々(かぜがぜ)吹くな       シャボン玉飛(と)ばそ
シャボン玉の歌を聞くと、雨情のこんな願いが、私には聞こえてくるのです。



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