中級から学ぶ(Bài 24)

中級から学ぶ(Bài 24)


「なおす」

一日でも長生きをという願いをかなえることを目標(もくひょう)に、医療(いりょう)技術は目覚まし進歩を遂げてきた。その結果、昔から助からなかった人が、新しい器具や技術の導入(どうにゅう)のおかげで元気になるケースも今では少なくない。しかし、そうした医療技術の進歩が私たちにもたらしたものは何だったのだろうか。がんをはじめ、先天的な心臓(しんぞう)病など治療(ちりょう)が難しい病気は多い。そのような重い病気を治(なお)す方法の一つが、他人から心臓(しんぞう)、腎臓(じんぞう)、肝臓(かんぞう)などを提供してもらい患者(かんじゃ)に移植(いしょく)する、いわゆる臓器移植の手術である。日本でも数年前にドナーカードが導入され、大きな注目が集まった。もし、自分に万一のことがあったから臓器を提供すると、生前に本人の意思を表明しておく制度である。もっとも、この制度をめぐっては、臓器移植そのものについて専門家(せんもんか)の間でさえも様々な問題が取り上げられ、必ずしも順調(じゅんちょう)に普及しているというわけではない。特に、臓器が脳死(のうし)者から提供される場合が多いことから、それに関連する多くの議論があり、簡単には片付けられない問題となっている。

脳死とは、脳波(のうは)が止まり、人口呼吸(こきゅう)によって心臓だけが動いている状態を呼ぶ。患者に意識はなく、身体(からだ)中に器具を取り付けられ、ただベッドに横たわっているだけである。話しかけても返事はもちろん、全く反応しない。笑うことも泣(な)くことも、食べることも飲むこともしない。「これでは生きているとは言えない。器具を外(はず)してしまうべきだ」と、第三者なら言い切れるのだろうが、身内(みうち)の立場からするとそう簡単に割(わ)り切(き)ることはできない。「もしかして」という思いで、なかなか死を認(みと)めるわけにはいかない。

現在、医療技術の進歩のおかげで、平均寿命(へいきんじゅみょう)は年々伸(の)びる傾向にある。いつまでも健康であるなら何も問題はないのだが、現実はどうなのだろうか。何らかの理由で通院しなければならない人、寝たきりの人、さらには、植物人間と呼ばれる状態で、身内に大きな負担(ふたん)をかけている人。自分の身の回りにはそんな人はいないと、自分はそんな状態になる可能性はないと、果たしてどれだけの人が言えるのか。

本来、医療とは、患者の苦しみを最大限取(さいだいげんと)り除(のぞ)くことを目的に成(な)されるべきものではなかったのだろうか。医療現場の現状を見ると、必ずしもそうではないようだ。患者本人の思いとは別に、一分、一秒(びょう)でも長生きさせるために多量(たりょう)の薬を使い、最新式の器具の助けを借り、延命(えんめい)治療が続けられている。そうした現状が、患者ばかりか周りの人たちに何をもたらすことになるのか。社会の高齢化が進む今、もう一度考え直すべき問題である



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